SHIINBLOG

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男の癒し

社畜が日々の癒しをストイックに求めていく

もはやお年寄りのサロン。静寂とはほど遠い病院

癒されない空間

ボクの癒されない空間として病院があります。

病院が嫌いです。

好きな人もそういないと思います。

好きな人は多分ナースが見たいとかそんな理由からだと思います。

ボクもナースが見たい気持ちは人一倍ありますが、その気持ち以上に病院が嫌いです。

なぜかと言うと「年寄りがやかましいから」です。

 

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 病院は年寄りのサロンになっている。

病院というのは身体に不調をきたした人が行くものです。

だから普通は何も話をせず「グタ~」としているのが本来の病院での振る舞い方です。

仮に定期健診などで比較的元気な方であっても、やっぱりそこは病院なので静かにしているべき。病人が沢山いる(ハズ?)のですから。

 

 

なのになんでしょうか。あの年寄りたちは。ぺちゃくちゃおしゃべりしまくってます。

うるさくて仕方ないです。こっちは熱があって本当にしんどいのです。

そんなボクをよそに年寄りたちは顔を合わせるや否や「ああ~佐藤さん!元気?」とか言いやがります。本来病院ではされるはずのないセリフです。

 

 

あちこちで井戸端会議的なものも開催されています。

よく病院で顔を合わせる人達が集まってきて段々と大きな輪になっていきます。

あなた達は一体どこが悪いんでしょうか?どう見ても元気です。

通勤途中のサラリーマンを見習ってもう少し病人らしくグッタリしていてほしいものです。

これはもはや年寄りのサロンです。

 

 

 

ちょっとの待ち時間も辛抱できないオッサン。

 おしゃべりの他にも困ったことがあります。

 

椅子に座って10分くらい待っていたオッサンが「まだか!薬取りに来ただけやのに!ワシャもう帰る!」と怒鳴り散らして帰っていきました。

 

いやいや、薬なしで大丈夫なんですか?どうせ家に帰ってもやることないんだから大人しく待っていればいいのに。

 

年寄りは「わしの若いころは苦労したもんじゃ」みたいなセリフをよく言いますが、その若いころに培った辛抱強さはどこへ行ったのでしょう。

 

 

他にも

  • 忙しそうに歩くナースをよそに前に足を放り出して組んでいる長身のオッサン
  • ナースの呼び出しに「はーい。ウソ~僕じゃないよ~」と迷惑極まりない茶目っ気を出すオッサン

など病院でのオッサンはうるさくはなくても見ていてとにかく不快です。

そのしょうもない茶目っ気、自分への自信は通勤途中のサラリーマンに分けてあげてほしいです。

 

 こんな年寄りたちに多額の税金が支払われている

 

年寄りはとにかく金がかかります。

年金、医療費、などはボク達が一生懸命働いて得た給料から賄っています。

 

日本にとって年寄りの存在がかなりの負担になっています。

年金は働いた以上にもらってるし、医療費も年々増えています。

 

以下は日経ビジネスオンライン 

business.nikkeibp.co.jp

からの抜粋です。

 人口の高齢化に伴って高齢者の医療費が増えるのは仕方ない面もあるが、その金額を知ると驚く。75歳以上の人が前年度に使った医療費は1人当たり平均で93万1000円に達するのだ。75歳未満は21万1000円だから何と4倍以上である。65歳以下の現役世代はさらに少ない医療費しか使っていない。終末医療を含め、高齢者への医療のあり方が問われて久しいが、ひとり当たりで見ても増加が止まらないのだ。

 すでに36%と医療費全体の3分の1以上を占めるようになった75歳以上の医療費がこのまま増え続ければ、健康保険や国の財政を大きく揺るがす。高齢者の医療費は自己負担率が低く、もろに保険収支を直撃するからだ。

 

最近年寄りの病院での自己負担が3割から2割になったみたいですが、実感としては病院での年寄りは全く減っている気配がありません。むしろ増えているような気がします。

 

 

病院でのうるさいお年寄りたちへ

 

 

歳を取ったら体に不調が出やすいのはわかります。

病院に行くなとは言いません。

一生懸命今まで日本を支えてくれたことに感謝しています。

 

でも、病院では静かにしてください。というかそもそも元気なら来ないでください。

 

「お金払ってるから何回来てもいいじゃん」ではないのです。

そのお金の大半はボク達が払ってます。

 

現役世代が「頑張ってきてくれたこのお年寄りたちを支えよう」と思えるような振る舞いをボク達に見せてください。

その振る舞いが「病院で静かにする」「元気なら病院に行かない」ということです。

 

 

最後に五木寛之の言葉を紹介します。

 

検査を受けずに生きるということは、手遅れを覚悟して生きるということなのです。

そうなったときは、あきらめるしかない

それは、命を粗末に扱うということでは決してありません。

命を大切にしたいからこそ、できる限り、切ったり、薬を使ったりしない。

自分の天寿を受け入れて世を去る、ということを認めるための、代償を払う決心がつくかつかないか、なのです。 

 

~なるだけ 医者に頼らず生きるために私が実践している100の習慣 126Pより~