SHIINBLOG

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男の癒し

社畜が日々の癒しをストイックに求めていく

テレビがない生活をしてみる

テレビはスマホの普及でもはや必需品ではなくなりました。

昔のテレビっ子も今はスマホに夢中でテレビなんてほとんど見ないのではないでしょうか。

テレビをつけていてもスマホばかりで真面目に見ない人がほとんどだと思います。

 

ボクは週6で働いていて、一人暮らしで、読書が好き。やることが多くて忙しい。

だからテレビがあるとゲーム等の誘惑があり、自分を律することが難しくなるんではないか、と思いテレビを実家に移し3ヶ月くらいテレビのない生活をしてみました。

結論から言うと「辛かった」。

 

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  • テレビの存在感の大きさに気づく

テレビがなくなると非常にさみしいです。元々あるものがなくなると淋しく感じますが、テレビだけは別格で、同棲していた恋人が出て行ったかの如く淋しいです(こんな体験ないけど)。

しかし、すぐ慣れます。ないのが当たり前になってきます。

 

 

  • 他人に言うと引かれる

「オレテレビ観ねえアピール」がよく言われますが、スマホがここまで普及した中、テレビ見ない人なんていくらでもいるから、もうこのアピールは何の意味も成さないです。

しかしテレビをなくすと「オレん家テレビねえアピール」に進化します。

見ない人は多いけど一台もない家は珍しいので、ちょっと優越感に浸れます。

しかし、気持ちよくなっているのは本人のみで、他人からするとドン引きです。

世間知らずの危ない奴とみなされるのでしょうか。ボクも何回か言ってみたことがありますが、皆引いていました。

 

テレビのない生活というのは世間ではあまり受け入れられてないようです。

 

 

  • 世間から置いてけぼりを食らう

テレビをなくすと世間の話題がわからなくなります。

 

ネットニュースでも情報はわかりますが、自分の興味のある話題しか見なくなり、どうしても視野が狭くなります。

 

テレビというのは今世間で何が起こっているのか、何が流行しているのか、が自分の興味と関係なく発信されるツールです。だから若者からお年寄りまで、色々な情報に触れることができます。

 

新聞もありますが、それだけでは若者の話題についていけなくなります。

ピコ太郎が大きな話題になりましたが、新聞では小さい扱いです。

新聞界ではピコ太郎の世界席巻より、政治のイザコザの方が大きい話題なのです。

この辺で世間とのギャップが生まれます。

多くの人は政治よりピコ太郎です。いざ若者との会話になると全くついていけません。やっぱり普通に世間話するにはテレビで得た話題の方が盛り上がります。

 

 

  • 余裕がなくなる

テレビを見たり、ゲームをしたり、映画を観たりする時間がぽっかりそのまま空くので余裕ができるのかと思いきや、そうでもありません。

ボクの場合テレビを無くすことで意識が高くなり、「あの本読まなきゃ」「あそこの掃除しなくちゃ」「あの健康食品作ってみよう」と逆にしたいことが多くなり、余裕がなくなりました。

常に焦っているような気持ちで、せかせかと動き回ることになります。ゆとりが全くなくなり、ストレスからか、疲れが取れなくなりました。

 

テレビというのはゆとりのある生活の象徴だと思います。

目的なくただなんとなく何時間も見るのはオススメできませんが、やっぱりあるだけで心の余裕ができる。

「自分にはテレビを見れる余裕がある」と心が勝手に認識するのでしょうか。

テレビがないときは「あれしたい、これしたい」と常に時間がない状態でゆっくりできる時間がほとんどないという感じでした。

しかしテレビを置いてたまにドキュメンタリーとか綺麗な景色とか見ていると「ああ、ゆっくり自分の時間が取れてるなぁ」という気持ちになります。

 

テレビを再び置いてから日々の疲れが取れた気がします。

実際テレビを使わなくても「いつでもテレビを見れるし、映画も見れるし、ゲームもできる」という状態でいることは生活にゆとりをもたらすためには必要なことだと気づきました。

 

でもテレビは時間泥棒なので、時には使わない我慢も必要です。我慢は日本人の美徳なので学校でも、職場でもかなり推奨してきます。

「バラエティーはムダ、ゲームはムダ、映画はムダ」だと。

しかし、映画を観たい、ゲームをしたい、バラエティーを観たいという自分の欲求をずっと抑えるのは確実に健康には良くないです。ストレスが溜まります。

我慢もほどほどに、自分のしたいことをある程度日々の生活に取り入れる。

自分を大事にすることが人生の目的、くらいに考えないと理不尽なこの世の中、体を壊して最悪死にます。

ある程度の遊びがあって、初めて我慢というのもが成立するのです。我慢だけだとそれは我慢ではなく、習慣になり、我慢が我慢ではなくなってきます。良いことだと思いきや、やっぱり体にはとっても悪い。

テレビは遊びの象徴。うまく付き合えば、健康的に楽しい毎日が送れます。

 

 

ゆとりのある生活の象徴。テレビ。使わなくても心の癒しになっているということをなくしてみて初めてわかりました。